第32回選考経過、選評

第32回を迎える福島正実記念SF童話賞に、今年は225篇の応募があった。昨年と同数の歴代5位の総数となる。
毎年のことだが、高齢の方のご応募が多い。60代が「若い」と思えるほどだ。もちろん円熟期を迎えた方々からの人生の示唆にとんだ物語をお送りいただけるのはありがたいが、勢いのある若い世代の、荒削りでも見たことのない世界を描いたお話も期待したいと思う。
今年の傾向としては、宇宙人ものやパラレルワールドを扱った物語がわりと多かった。
なかには毎年少しずつ改良を加えた同じ作品を送ってくる方がいらっしゃるが、これは「新人賞」、受賞すれば作家デビューが約束されているのだ。新作を次々と書いていける力があるかどうかも、今後の作家人生を左右する。大賞受賞が「人生の記念」に終わらないためにも、「その先」を見据えて書くことに励んでほしい。

第一次選考を通過したのは以下の16篇だった。

 「サンシチ、しあわせのペット」 吉田桃子
 「昔ウィルス」 村上ときみ
 「おばあちゃんとロボットビーグル」 野田ゆり子
 「あたしがふたり!?」 藍沢羽衣
 「鏡、旅にでる」 緒方明美
 「ゾンビ予報」 太月よう
 「ぼくは宇宙人」 竹内弘子
 「ばあいの国」 神山小恵子
 「ぞくぞくじゃんけん」 辻 貴司
 「お化けのなやみ聞きます!」 深山まき
 「おばけ道工事中」 草野あきこ
 「なんとかなるさのご先祖さま」 うちだちえ
 「もよもよハンター斉藤」 いくらまさき
 「暑い夏は、むしむし虫」 遠山裕子
 「シロタマを追いかけて」 宇都木ちはる
 「ボンド?ボンド!ボンド☆」 高木剛

賞の冠にふさわしい宇宙人もの、パラレルワールドの作品もあったが、いささか消化不良で終わって
しまっていた。難しい理屈をどうやって小学校中学年の子どもたちに伝えていくのか、
力が問われるところである。文章表現、構成も含めて、「この作品を読むのはだれか」を意識してほしい。
もしそれがどうしてもフィットしないのであれば、別の賞に応募したほうが無駄がない。また、タイトルのおもしろさと中身のギャップを指摘する声もあった。「読ませる」入り口としてタイトルは重要で、そこでひきつけた期待を最後まで持続させる力も問われている。

最終選考に残ったのは、次の6作品である。

 「サンシチ、しあわせのペット」 吉田桃子
 「ぼくは宇宙人」 竹内弘子
 「ぞくぞくじゃんけん」 辻 貴司
 「おばけ道工事中」 草野あきこ
 「暑い夏は、むしむし虫」 遠山裕子
 「ボンド?ボンド!ボンド☆」 高木剛

「サンシチ、しあわせのペット」 やや高学年向きの表現もあるが、文章がうまく、読ませる力がある。好感度の持てる話だが、ほのぼの一辺倒ではなく、両親が離婚して母子家庭で育つ主人公の心の推移、リアルないじめなどもたくみに描かれている。ただ、「青い鳥」「ふしぎなお店に行ってみたら……」「女子のいじめ」など、ややパターン化された設定であることは確か。もう少し新味がほしい。「サンシチ」の名前の由来もはっきりしていないのは残念。

「ぼくは宇宙人」 導入はうまく引きつけるが、話が進むにつれて、道徳的、教条主義的になってしまった。主人公が実は宇宙人だったからなのか、言葉自体の小四の子とは思えない硬さも気になる。設定自体はおもしろいので、残念。地球人のすばらしさを避難所で見つけるなども無理がある。全体的に理屈っぽい。もっと子どもが共感し、自然に読んでいけるものにしてほしい。

「ぞくぞくじゃんけん」 一読しただけでは内容がすんなり入ってこないのは致命的。ただ、話の運び方はおもしろく、スピード感もあり、軽快。「心の声が漏れていた」というノリもいい。しかし、終始作者目線。作者の中では整合性がついているかもしれないが、読者の理解を超えていることが多い。
パターンを踏むなら堂々と踏んで、中身で新しさ、おもしろさ、オリジナリティを出せればよかった。

「おばけ道工事中」 人間が化けて出るのは「幽霊」であって「おばけ」ではないのでは? という指摘があったが、かつて柳田國男がその区別を記したのはそれだけ混乱しがちだから、ということで実際は混じっていてもいいという見解になった。妖怪も通過していれば、おばけ道でもかまわないのかもしれない。SF的要素がないのはネックだが、広い範囲でいえばこれも含まれる類といえる。文章がやさしく、読みやすい。時間経過の描写もたくみ。王道な話だが、書きすぎず、うまい。泣かせるオチだが、パターンといわせない何かがある。

「暑い夏は、むしむし虫」 イモムシの姿をした宇宙人。イモムシならば変態するはずで、そこに期待を持たせるわりにふつうだったのが残念。全体的に破綻はないが、新鮮味がない。書き慣れた文章というのは、時に古く思われてしまうので気をつけたい。また、偶然であろうが、かつての福島賞、ジュニア冒険小説大賞作品に登場するモチーフがいくつか使われているのは惜しい。タイトルと中身が全く一致しないのにも首をひねった。タイトルから文章の末尾まで気を遣ってもらいたい。

「ボンド?ボンド!ボンド☆」 通販で誤配があり、交換品が送られてきたら、三種類のふしぎなボンドだった……というこの作品は、最終選考会の席上で約十年前にも最終選考に残った作品だということが判明した。何箇所か修正されて送られてきているが、「同じもの」といっていい。電話で注文する通販、時限爆弾など古さを感じさせる点はそのままになっている。楽しい作品なので今回も最終に残ったのだろう。冒頭にも書いたが、次回はぜひ新作で楽しませてほしい。

今年の最終候補作品のなかで好印象だったのは、「おばけ道工事中」。対象学年向きなわかりやすさ、親近感もある。ということで、満場一致でこの作品が大賞となることが決まった。
また、佳作には「サンシチ、しあわせのペット」となることがこれもまた満場一致で決まった。リアルな部分も含みながら、好感度は高く、読ませきる力がある。今後もますます精進してほしい。

受賞作品は次のとおりである。

大賞 「おばけ道工事中」 草野あきこ
佳作 「サンシチ、しあわせのペット」 吉田桃子

2015年3月
福島正実記念SF童話賞選考委員会

選考委員の選評


選評 石崎洋司

おそらく現代の日本の児童図書の世界で、「SF」という冠をつけた童話賞は、本賞だけである。「SF」自体はいうまでもなく、文芸ジャンルのひとつとして確立されているし、またその定義も、とても一つには決められないほど多様な作品が長い年月をかけて世に送り出されてきた。が、これに「童話」がつくとどうなるのか。正直、私自身にもよくわからないのだが、ただ、少なくとも「日常」に破れ目ができて、作中人物にも、作者自身にも、どうにもならないような広がりを見せてくれるものでなければ「SF童話」とはいえないのではないか、そんな気がしている。

そんな点から考えると、今回、最終選考に残った作品どれにも、私は満足することができなかった。たとえば「ぼくは宇宙人」。宇宙人側からの視点で書かれたこの作品には、前半こそ「新しさ」を感じた。何か、思いも寄らない世界が広がるのではないか、そんな期待も抱いた。が、後半はその正反対だった。
まるで道徳の教科書のような、お行儀のよい世界観を作者が語って終わってしまうのだ。「暑い夏はむしむし虫」も宇宙人もので、文章も構成も実にきちんとしているが、中身は古い童話、それも私が子どものころに読んだお話のような古さで、おさまってしまう。たまたま題材が宇宙人、というだけのことである。

童話であるから、起承転結があり、後味もさわやかなものであってほしいが、それでも「SF」という冠がついている以上、読者を驚かせ、目を見開かせるようなシーンを繰り広げる、少なくともそういう工夫をする努力は、最低限してほしい。

そういう意味では大賞の「おばけ道工事中」は、主人公の背後に走る、あの世への道をときおり幽霊が通り過ぎるシーンなどに、おもしろみと新しさがあった。話の運びも巧みで、大賞を授与することに異論はない。だが、それでも、私個人としてはSF的な要素が足りないことに、危惧を感じてはいる。別に狭い意味での「空想科学」的な要素を加えろといっているわけではない。ただ、驚かせては欲しい。おもしろくて、楽しい話を上手に書けばいいのなら、ほかに童話賞はいくらもある。
わざわざ「SF童話」の賞に応募する以上は、自分にとっての「SF」を、うんうんうなって見つけてほしい。

選評 後藤みわこ

一次選考の時点から、「児童文学の勉強」って何だろう……と考えさせられました。

長く勉強している方の作品は、読むとわかります。文章や構成が安定しているからです。破綻がないので、一次、二次……と選考を通ってきます。

が、大賞を獲るとは限りません。

今回も、一読して以来「これが大賞かも」と期待した高得点の作品が、最終選考会で意見を交わすうちに選外になってしまいました。

この現象はほぼ毎年起きますから、「わたしの方がたくさん書いてきたのに」「教室でも評判がいいのに」と、結果を見て悔しい思いをされた応募者さんも多いでしょう。

書き続ける努力は素晴らしいです。でも、長く勉強してきた人に染み込んだ「書き慣れ感」はキケンかもしれません。今後何を書いてもこんな感じなのでは? と思わせてしまうから。新人作家としての、いわゆる「伸びしろ」の有無を疑わせてしまうからです。

創作の勉強をしながら新人賞への挑戦を続けてきた真面目で熱心な人ほどデビューから遠ざかるなんて……理不尽ですよね。けれど、(多少の傷はあっても)新鮮な作品にかなわない場合は本当に多いのです。

「じゃあ、どうすればいい?」

わたしにもわかりません。創作の勉強があなたのデビューのために有効ではないのなら、教室や合評会をお休みしてみますか?

それもいいかもしれないですね。どのみち、デビューしたら「ひとり」です。目を向ける相手は読者。仕事のパートナーは編集者。先生や仲間の意見を聞きながら書くことはできませんから。

ひとりになり、初心に帰って、好きな物語(児童文学ではないかもしれませんよ)を自由に書いてみてはいかがでしょうか。

書くことそのものが楽しく思えない、ひとりでいることがつらくてたまらない、そんな人はたぶんプロ作家に向きません。

選評 廣田衣世

今回の応募総数は225編。第一次選考から読んでいくのですが、「応募先を間違えているのでは?」という作品が毎年必ずあります。テーマがSFとは全くかけはなれている、漢字を多用したり、表現が大人向けで難解すぎる、明らかに枚数オーバー等々。応募規定を守るのはもちろん、過去の大賞受賞作もよく読み、ターゲットである読者年齢をきちんと意識して書くということが大切なのだと思います。

大賞の「おばけ道工事中」は、自分の部屋に突然「おばけ道」が通ることになった少年の不思議なお話。やさしい文章でとても読みやすく、伏線の張り方も巧妙です。おばけの世界で使えるクーポンが、ややご都合主義な感じはありますが、ストーリーの小道具として、上手く使われています。おばけ協会も面白い。おばけ道案内役のサトが主人公の友人の妹として生まれ変わる、というラストの展開は、読んでいて「多分そうなるだろうな」と予想できてしまい、「よくあるパターン」で終わりそうなのですが、それでもホロリと泣けてしまうのは、それまでのところで確実に読者の心を引きずり込み、深く感情移入させている証拠なのだと思いました。

佳作の「サンシチ、しあわせのペット」は、青い鳥と悪魔のコウモリのハーフという、不気味な鳥を手に入れた少女の物語。学校でのいじめや、両親の離婚によって激しく揺れ動く彼女の心情、葛藤が、サンシチの体の変化とリンクし、巧みに描かれています。些細な事から発生するいじめの様子なども、とてもリアル。家を出て行った父親が、最後には彼女の元に戻って来るのかと思いきや、これからも母親と二人でがんばる、という力強いラストも好感が持てました。ただ、タイトルにもなっているのに、「サンシチ」というワードが中途半端なままで、もう少し突っ込んで欲しかったかな、というのと、主人公の言動が小4にしては少し大人すぎるのが気になりました。

今回は、タイトルとストーリーがうまくかみ合っていない作品が多かったような印象を持ちました。「サンシチ、しあわせのペット」もそうですが、「暑い夏は、むしむし虫」、「ぞくぞくじゃんけん」などもそうです。読み終えた時、その内容とタイトルがしっくりこない作品は、どうしても消化不良な感じが残ってしまいます。

選評 南山 宏

福島賞作『おばけ道工事中』は、「生者には見えないが死者があの世に行くとき通る『おばけ道』が世界中に通っている」というユニークな発想が秀逸。その道の修復工事の期間だけ、主人公の少年の部屋の片隅に臨時の回り道を通させてほしいと、枕辺に立って懇願するユーレイ少女――舞台設定はホラー風ながら、展開される物語はコメディタッチの人情話。それを軽妙に読ませる文章力もオーバーすぎずふざけすぎず、基本的には死者の話なのにオチがめでたしめでたしで終わるので読後感もいい。

私の世代はお化けと幽霊を区別することが多いので、その点だけ多少気になったが、若い世代ほどお化けも幽霊も妖怪も似たような空想上の化け物と見なすようなので、対象年齢の小学生読者は違和感なく、楽しんでくれるだろう。

佳作『サンシチ、しあわせのペット』は、「幸運の青い鳥と悪魔の使いのコウモリとの禁断の恋」から生まれたハイブリッド鳥と、幸運を願って飼い主になったのはいいが案に相違して不運続きに見舞われる少女の、それでも挫けずママを助けて元気に成長していく物語。お伽話の幻想的世界と母子家庭や学校生活の現実的世界とを無理なく融合させたところに、作者の力量を感じる。

ほかの四作品は残念ながら完成度の点で受賞作に及ばなかったが、そのうち『ボンド?ボンド!ボンド☆』についてひとこと申し上げたいことがある。

じつはこの作品は同題・同内容で第18回福島賞に応募し、最終選考まで残った旧作の改訂版である。応募規定はべつに改作での再応募を禁じていないし、実際、過去に前例が何度もあり、今回も一次予選の段階で落ちた別の例がある。旧作は直接参照のしようがないので、もちろん推測の域を出ないが、当然キャラの描写や物語の展開には改善の工夫が施されているだろう。(最年長の私をのぞき)メンバーが一新された選考委員会による公平な審査の結果、再び最終選考まで残ったのだから、作品としてはそれなりのレベルまで達していることはまちがいないが、13年の懸隔があるとはいえ、事実上同一に近い作品で応募するのはいかがなものか。

作者がこの作品にそれほど自信と愛着があることは理解できるし、プロ作家が過去の自作を改稿して再発表することはままある。だが、この作者はまだデビュー前であり、そのデビューを目指して新人賞に応募したのだから、同じ執念と情熱を完全な新作のほうに振り向けてほしかった。作者にはぜひとも今後の一層の精進を期待したい。

選評 島岡理恵子(岩崎書店)

今年の最終選考会は例年になく、すんなりと短時間で決まりました。それだけ審査員の先生方の意見がほぼ同じだったので、議論が紛糾するということにはなりませんでした。

二次選考に残らなかった作品には、残念ながらそれだけの理由があります。タイトルがおもしろくても、実際読んでみたら、期待はずれであったり、構成が破綻していたり、このくらいの枚数のわりに構成が
複雑になりすぎたり、全体的な印象では、宇宙人ネタが多い印象でした。SFだから宇宙人になってしまうのは、単純すぎますし、既視感が強くなります。SFという要素を宇宙だけでなく、もっと広い視野から考えてみてはいかがでしょうか?

最終選考の中で印象的だった作品は大賞に選ばれた「おばけ道工事中」でした。一週間だけ自分の部屋をおばけが通るということで、特別なクーポンまで出てきて、さまざまな人間とかかわるのですが、最後にはほろりとさせます。

それだけ読む者に共感をもたらしているわけで、文章力、ストーリー構成なども上手にまとまっていました。

全員一致でこの作品が大賞に決まり、佳作のほうも「サンシチ、しあわせのペット」に決まりました。

書店に行くと、ますます児童書売り場は縮小傾向にあります。特に読み物については、夏休みのすいせん図書以外は定番のものしか置かれていないのが現状です。新人の方には過去の実績がないだけに取次も書店もとてもシビアです。そういう中でいかに書店に置いてもらうか。非常に厳しい現実は確かにあります。それでも作品を書いていくならば、相当な覚悟で取り組んでいただきたいと思います。有名な作家さんでもだれもがはじめの一冊目がありました。読み物はなかなか厳しいと言われて久しいですが、一方で子どもたちが大好きなシリーズも生まれています。そんな作品が生まれることを私たちも願っています。


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